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徳島地方裁判所 平成6年(行ウ)7号 判決

徳島市北島田町一丁目一二五番地

原告

清水寛

右訴訟代理人弁護士

小川景士

右同

井坂光明

右輔佐人税理士

野田義郎

徳島市幸町三丁目五四番地

被告

徳島税務署長 河野謙司

右指定代理人

早川幸延

右同

三宅勝治

右同

中村司

右同

島田功

右同

川西克憲

右同

近藤康文

右同

三谷博之

右同

黒田保俊

右同

川村勲

右同

大喜多山治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成四年三月一三日付けでした次の各処分を取り消す。

一  原告の昭和六三年分の所得税に対する更正のうち、総所得金額二三五一万六二二九円、所得税額七一三万八〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも平成五年一二月一七日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)

二  原告の平成元年分の所得税に対する更正のうち、総所得金額一四四八万六九七九円、所得税額三二四万一六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも平成五年一二月一七日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)

三  原告の平成二年分の所得税に対する更正のうち、総所得金額一一二八万二九〇円、所得税額一九六万三五〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分

第二事案の概要

本件は、病院を経営する医師である原告が、昭和六三年分から平成二年分まで(以下、「本件係争年分」という。)の所得税について確定申告したところ、被告が、右病院で稼働していた原告の妻の両親である小南武男及び小南ハルミ(以下、それぞれ「武男」、「ハルミ」といい、両名を併せて「武男夫婦」という。)に対し原告が支払った給与並びにハルミに対し原告が支払った右病院の敷地等の地代を事業所得の金額の計算上必要経費として認めずに更正及び過少申告加算税賦課決定を行ったので(以下、本件係争年分の更正及び過少申告加算税賦課決定を総称して「本件各更正」及び「本件各賦課決定」という。)、原告が、本件各更正及び本件各賦課決定は所得税法五六条の解釈適用を誤ったものであり、また、附記理由不備の違法があり、信義則にも反するとして、本件各更正のうち申告額または主張額を超える部分及び本件各賦課決定の取消しを求めた事案である。

(争いのない事実)

一  原告は、徳島市北島田町一丁目一六〇番地一、一五九番地一、一五九番地二及び一六〇番地二所在の東洋病院を経営する医師で、所得税の申告について所轄税務署長から青色申告の承認を受けているものであり、武男及びハルミは、原告の妻清水敦子(以下、「敦子」という。)の両親である(なお、武男は平成二年七月二六日死亡した。)。

二  原告の本件係争年分の各所得税の確定申告、課税処分及び不服申立ての経緯は、別表1「課税経過表」記載のとおりであり、本件各更正及び本件各賦課決定の課税根拠についての被告の主張は、別表1「課税経過表」及び別表2「事業所得の内訳明細表」記載のとおりである。

原告は、被告が、本件各更正において、本件係争年分の原告の事業所得の金額から控除されるべき必要経費と認めた給料賃金、地代家賃及び租税公課の各金額に次の各金額をそれぞれ加算または減算すべきであると主張するが、被告は、武男夫婦は所得税法五六条所定の原告と生計を一にする親族に該当するとして、右加算または減算は認められない旨主張している。

(一) 給料賃金(加算)

昭和六三年分 六八六万円

平成元年分 六八二万四〇〇〇円

平成二年分 四九四万四〇七二円

右給料賃金は、武男及びハルミがそれぞれ東洋病院の事務長、炊事婦として稼働したことにより原告から支払われた本件係争年分の給与の金額であり、その内訳は、次のとおりである。

昭和六三年分 武男 四五二万円

ハルミ 二三四五万円

平成元年分 武男 四四八万四〇〇〇円

ハルミ 二三四万円

平成二年分 武男 二六〇万四〇七二円

ハルミ 二三四五万円

(二) 地代家賃(加算)

昭和六三年分 二四〇万円

平成元年分 二四〇万円

平成二年分 二四〇万円

右地代家賃は、ハルミが原告の病院経営に必要な東洋病院建物の敷地等を原告に賃貸したことにより原告からハルミに支払われた本件係争年分の地代の金額である。

(三) 租税公課(減算)

昭和六三年分 三四万九〇〇〇円

平成元年分 三四万九〇〇〇円

平成二年分 三四万九〇〇〇円

右租税公課は、ハルミが原告に賃貸した東洋病院の敷地等につき、ハルミが徳島市に納付した本件係争年分の固定資産税及び都市計画税の合計額であるが、その内訳は、各年とも、固定資産税が二七万八六〇〇円、都市計画税が七万四〇〇円である。

(争点)

一  武男夫婦が所得税法五六条所定の原告と生計を一にする親族に該当するか否か

1 被告の主張

(一) 現行所得税法は、担税力の測定単位を個人単位ごとにとらえて課税することを原則としているが(個人単位主義)、担税力の測定単位を家族のような経済生活単位ごとにとらえて課税すれば(経済生活単位主義)、家族構成員の間に所得を分散して税負担の軽減を図ることを防止することが可能となる。所得税法五六条は、このような経済生活単位主義の機能に着目し、個人単位主義の例外として、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者の経営する事業から対価の支払を受けている場合であっても、これを居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費とは認めず、その居住者の所得に含めて課税することとしたものである。そうすると、同条にいう「生計を一にする」とは、一つの経済生活単位を形成していること、すなわち、同一の生活共同体に属し、日常生活の糧を共通にしていることをいうものと解され、親族が居住者と同一の家屋に起居を共にしている場合には、通常は日常生活の糧を共通にしていると考えられることから、明らかに互いに独立した生活を営んであると認められる特段の事情があるときを除き、その場合の親族は生計を一にするものと解すべきである(現行所得税基本通達二-四七参照)。

(二) そして、武男及びハルミが原告の親族であることは争いがないところ、昭和六三年ないし平成二年当時、原告と武男夫婦との間には、次のような関係が認められた。

(1) 原告、敦子及び子供ら(以下、「原告ら」という。)と武男夫婦は、同一の家屋(以下、「本件建物」という。)に居住しているが、原告らの居住する部分(以下、「原告ら居住部分」という。)は、原告の費用で武男夫婦の居住部分に増築したものであり、それぞれの居住部分を廊下で区分することは可能であるが、互いに行き来自由であるうえ、玄関、台所及び風呂等は共用している。

(2) 原告ら居住部分を含む本件建物の固定資産税は全て武男が支払っていたことに加え、原告ら居住部分の敷地は武男所有であるが、原告はその地代を武男に支払っていない。

(3) 原告らと武男夫婦は、電気、ガス、水道につき、別々のメーターを設置しておらず、電話も一つの電話を共用しており、いずれについてもそれぞの使用量に応じた代金の実費清算をしていない。

(4) 原告ら及び武男夫婦の食事は、敦子あるいはハルミのいずれかがまとめて作るが、その材料費は材料を買いに行った者が負担し、それぞれの消費分に応じた実費清算はしていない。

以上の事実を総合すれば、原告らと武男夫婦とは、同一の家屋で起居を共にしており、しかも、明らかに互いに独立した生活を営んでいると認められる特段の事情は存在しないから、武男夫婦が所得税法五六条所定の原告と生計を一にする親族に該当することは明らかである。

(三) なお、所得税法一二条が定める実質所得者課税の原則は、収益及び費用の帰属を名義や形式ではなく実体や実質に従って判定すべきであるという原則であるところ、被告は、前記争いのない事実三記載の給料賃金、地代家賃及び租税公課が武男あるいはハルミに帰属することを否定しているものではなく、これが武男あるいはハルミに帰属することを前提としたうえで、同法五六条を適用し、原告の事業所得の金額の計算上右給料賃金等を必要経費に算入したり算入しなかったりしているのであるから、何ら実質所得者課税の原則に反するものではない。

2 原告の主張

(一) 旧所得税基本通達五〇及び現行所得税基本通達二-四七は、「生計を一にする」の意味につき、居住者と同一家屋に起居する親族であっても、有無相扶けてこれを扶養する関係になければ生計を一にするとはいえないとしているところ、本件係争年当時、〈1〉原告らと武男夫婦との間では、被告の指導に従って食費等の家事費の負担割合を三対一と定め、毎月その清算をしていた、〈2〉本件建物の敷地は武男所有であり、その固定資産税は武男が納付していたが、そのうち原告ら居住部分の敷地に相当する金額は、原告において武男に支払い清算していた、〈3〉武男及びハルミは、東洋病院に勤務し、原告から給与の支払いを受けていたが、それ以外にも所得があり、これらを合算して確定申告をしてきたものであり、所得税法二条一項三四号が定める原告の扶養親族ではない、〈4〉原告らと武男夫婦は住民票を異にするなどの事実が存在するにもかかわらず、被告が、武男及びハルミが同法五六条所定の原告と生計を一にする親族に該当すると判断したことは、事実を誤認し、また、同条及び前記通達の解釈適用を誤ったものである。

(二) 争いのない事実三記載の原告が武男及びハルミに支払った給与並びにハルミに支払った地代を原告の事業所得の金額の計算上必要経費として認めないことは、実質所得者課税の原則に反する。

二  本件各更正の理由附記の適法性

1 被告の主張

(一) 所得税法一五五条二項が、青色申告に係る納税者について更正をする場合、更正通知書に更正の理由を附記すべきものとしているのは、法が青色申告制度を採用し、青色申告に係る所得の計算が法定の帳簿書類による正当な記載に基づくものである以上その帳簿の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障していることから、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣医意を抑制するとともに、更正の理由を納税者に知らせて不服申立ての便宜を与えるところにある。したがって、帳簿書類の記載自体を否認した更正をする場合に、更正通知書に附記すべき理由としては、そのような更正をした根拠を帳簿記載以上に信憑力のある資料によって具体的に明示することを要するが、帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合においては、更正通知書の更正の理由が、更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に更正の根拠を具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の附記として欠けるところはない。

(二) そして、本件各更正は、原告の武男及びハルミに対する給与の支払い及びにハルミに対する地代の支払いについて、その支払状況・金額を帳簿書類の記載どおりに肯定したうえで、原告の営む事業所得の金額の計算上、右給与及び地代を必要経費に算入すべきか否かという法的評価・判断についてこれを修正したものであり、帳簿書類の記載自体を否認するものではない。しかるところ、本件各更正の更正通知書記載の更正の理由は、「あなたと小南武男及び小南ハルミが同一の家屋に居住し、玄関、台所、風呂、便所を共用している状況等から判断して生計を一にする親族と認められますので、所得税法第五六条〈事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例〉の規定により必要経費から減算します。」とあり、被告が右給与及び地代を必要経費に算入しないと判断した理由について、その事実上、法律上の根拠を具体的に示しているから、更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足している。

(三) なお、本件各更正の理由附記に不備はなく適法になされている以上、原告の主張する処分理由の差替え・追完は問題となり得ない。

2 原告の主張

本件各更正の更正通知書記載の前記更正の理由では、原告は、被告においで武男夫婦が原告と生計を一にする親族に該当すると判断した根拠、資料が何であるかを知ることができず、更正処分の理由附記として不備であり、また、右の瑕疵は、異議決定、裁決、訴訟の各階段においても差替え・追完が認められず、治癒されることはない。

三  本件各更正及び本件各賦課決定の信義則違反

1 原告の主張

本件各更正及び本件各賦課決定がなされるまで、被告は、十数年にわたり、原告が武男あるいはハルミに支払った給与や地代を適正額と認め、殊に昭和五八年分ないし同六〇年分の原告の所得税確定申告に対する調査において武男夫婦が原告と生計を一にする親族に該当しないことを認めており、原告も被告の指導、処理を適正なものと信頼してきたのであるから、特段の事情がないにもかかわらず突如としてこれを否定することは、信義則に反する。

2 被告の主張

租税法律関係においては、信義則の法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に初めて右法理の適用の是非を考えるべきである。本件において、被告は、これまで、武男夫婦が原告と生計を一にする親族に該当しないと積極的に認めたこともなければ、原告が武男あるいはハルミに支払った給与や地代を原告の事業所得の金額の計算上必要経費として算入するのが適正であると積極的に認めたこともなく、単に原告の税務処理に対し更正ないし是正の指導をしなかったというに止まるもので、信義則適用の余地はない。

第三争点に対する判断

一  武男及びハルミが所得税法五六条所定の生計を一にする親族に該当するか否かについて

1  現行所得税法五六条は、納税者と生計を一にする配偶者その他の親族がその納税者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことなどの理由によりその事業から給与等の対価の支払いを受けている場合であっても、この対価に相当する金額は、当該納税者の事業所得等の金額の計算上必要経費とは認めず、反面、当該親族のその対価に係る所得金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該納税者の事業所得等の金額の計算上必要経費に算入することとしている。そして、同条にいう「生計を一にする」とは、日常生活の糧を共通にしていること(裁判昭五一・三・一八・訟務月報二二巻六号一六五九頁参照)、すなわち、消費段階において同一の財布のもとで生活していることと解され、これを社会通念に照らして判断すべきものであるが、現行所得税基本通達二-四七が、「生計を一にする」の意義につき、親族が納税者と同一の家屋に起居している場合には、明らかに互いに独立した生活を営んでいると認められる場合を除き、これらの親族は納税者と生計を一にするものとすると規定しているのは、親族が納税者と同一の家屋に起居している場合、通常は日常生活の糧を共通にしているものと考えられることから、両者間で日常の生活費における金銭面の区別が不明確である場合は、事実上の推定が働くことを注意的に明らかにしたものと解することができる。

2  これを本件につき検討するに、証拠(甲一二、一九、二〇、三五の一ないし三、四二、四三の一ないし五、乙一五、一六、一九、証人山﨑恭範、原告本人)によれば、昭和六三年ないし平成二年当時、原告と武男夫婦との間には、以下の事実が認められる。

(一) 原告らと武男夫婦は、徳島市北島田町一丁目一二四番地及び一二五番地所在の本件建物に居住しているが、原告ら居住部分は、昭和五二年ころ原告の費用で武男夫婦の居住部分に増築したものであり、原告ら居住部分と武男夫婦の居住部分を廊下で区分することは可能であるが、その構造上互いに行き来自由で、現に自由に行き来していたものであり、また、玄関、台所及び風呂等は共用していた。

(二) 原告は、本件建物の原告ら居住部分につき、構造上・利用上の独立性を欠くことから所有権保存登記をしておらず、平成六年度までこれに固定資産税が課されることはなかった。また、本件建物の原告ら居住部分の敷地は武男の所有(武男死亡後は、敦子及びハルミの持分各二分の一の共有)であったが、原告はその地代を武男に支払っていなかった。

(三) 電気、ガス、水道につき、原告らと武男夫婦の各使用分について別々のメーターは設置されておらず、電話も一つの電話を共用しており、少なくとも電話代については、原告らと武男夫婦との間で、それぞれの使用量に応じた代金の実費清算はされていない。

なお、家事費ノート(甲三八の一・二)中には、昭和六三年七月、同年九月、同年一一月、平成元年五月、同年七月、同年九月、同二年五月、同年七月、同年九月及び同年一一月の各欄に、「税8000清水から受取」という記載と小南の押印があり、原告が武男に本件建物の原告ら居住部分の敷地の固定資産税相当額を支払っていたことを窺わせる記載があるが、原告は、本人尋問において、原告ら居住部分の敷地はハルミの所有であると思う旨を、さらに、敦子から原告ら居住部分の敷地の地代あるいは固定資産税を小南家に払っていると聞いているが、細かいことにはタッチしていないのでその金額、算出根拠等は分からない旨供述し、また、徳島税務署国税調査官であった山﨑恭範(以下、「山﨑」という。)は、武男に不動産所得の申告はなかった旨証言しているところであって、これらの供述内容に照らすと、右家事費ノートの記載をもって、原告が武男に本件建物の原告ら居住部分の敷地の固定資産税相当額を支払い清算していたと認めることはできない。

右認定の事実によれば、原告らと武男夫婦は、同一の家屋に居住し、日常生活を営むうえで重要な意味をもつ玄関、台所及び風呂等を共用し、互いに自由に行き来していたことが認められ、原告ら居住部分と武男夫婦の居住部分を廊下で区分することが可能であったとしても、その区分は一つの住居における家族の部屋割り程度にすぎないと認められる。これに、原告が武男に対し原告ら居住部分の敷地の地代を支払っていないこと、電気、ガス、水道につき、原告らと武男夫婦の各使用分について別々のメーターが設置されておらず、電話も一つの電話を共用していたことなどを併せ考えると、原告らと武男夫婦との間で、その生活費が明確に区分されていなかったと認めるのが相当である。

3  これに対し、原告は、電気代や食費等の家事費については、原告らと武男夫婦との間で、三対一の割合で負担し清算してきた旨主張し、その証拠として敦子とハルミが作成してきたという家事費ノートを提出しているところ、右家事費ノートには、スーパーマーケットのレシートとガス・米の購入先である今津商店の領収書が貼付けしてあり、電気・水道・ガス・食費につき、原告らと武男夫婦との間で、三対一の割合で負担し、毎月清算した旨の敦子あるいはハルミの受領印が押捺されている。

そこで、右家事費の清算の事実の有無について検討するに、証拠(甲二の一ないし三、四の一ないし三、七、三〇、三三、乙七、証人山﨑、同敦子)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 山﨑調査官は、原告に対する本件調査に当たり、平成三年六月一一日本件係争年分の総勘定元帳各一冊及び現金出納帳一冊を、同年七月二日、同元年分及び同二年分の薬以外の経費の請求書、領収書の入ったダンボール箱各一箱を原告から提出を受け預かったが、その中に家事費ノートは含まれていなかった。

原告は、右薬以外の経費の請求書、領収書の入ったダンボール箱の中に家事費ノートが入っていたと主張するが、その際の預り証の記載が「薬以外の経費の請求書、領収書」となっていること、家事費ノートは相当厚手のノートであり、山﨑調査官がその後の調査においてこれを見落とすとは俄に考え難いことに照らし、右主張は採用できない。

(二) 平成四年一月二〇日、山﨑調査官が原告方に赴いて原告らと武男夫婦の食事や食費の支払状況等を調査した際、敦子あるいは原告から食費等の家事費の負担割合に関する申立ては全くなく、家事費ノートの提示はもとより、その存在についての言及もなかった。

(三) 山﨑調査官の本件調査並びに本件各更正及び本件各賦課決定に対する異議申立てに当たって、原告側から家事費を三対一で負担している旨の主張はなく、家事費ノートの提示もその存在についての言及もなく、国税不服審判所長に対する審査請求に至って、初めて家事費を三対一で負担している旨の主張がなされ、家事費ノートが提出された。

右認定の事実によれば、本件において家事費ノートが提出された時期は極めて不自然であるといわなければならず、その内容の正確性・信用性について疑念が生じる。また、家事費ノートに貼付されたレシートは毎月相当数に及ぶが、このうち原告らがどの部分を支払い、武男夫婦がどの部分を支払ったかは不明であり、さらに、そのレシート等を基にして、原告らと武男夫婦との間で具体的にどのように金銭のやりとりがなされ、清算していたのかは必ずしも判然としない。また、この点に関する原告の供述も、敦子が家計をみているので自分はよく分からないという極めて曖昧な内容であり、相互の経済的独立性を重視してきたという原告の主張と相容れない。加えて、山﨑調査官及び敦子の証言によれば、前認定(二)の敦子に対する聴取の際、山﨑調査官は聴取の結果を乙一九添付の別紙1・2として作成したことが認められるが、別紙1の確認書には、〈1〉食事代は、一緒に住んでいるので、金額を決めてやりとりはしていない、〈2〉公共料金も一括して支払っている、〈3〉食事の材料を買いに行った者が金を出すような感じになっており、敦子が行ったときには敦子が、ハルミが行ったときにはハルミが金を出しており、後で精算することはない旨の記載がある。これに対し、敦子は、右記載内容は事実ではなく、食事代だけについての金額を決めてやりとりはしていないということを言っただけで、原告らと武男夫婦との間で家事費はすべて三対一の割合で負担し月末に精算していると答えた、〈3〉については、買い物から帰ってすぐに精算することはないと言っただけであると証言し、確かに同女は右書面に署名押印していないのであるが、他方、敦子は、別紙1の確認書に署名押印を求められた際に相違点を具体的に指摘していないこと(敦子は、この点につき、妹の子供を迎えに行く時間になっていたので、指摘する時間がなかったと弁解するが、仮に時間的余裕がなかったにしても、家事費は三対一で負担し精算しているとすら申し出ていないことは不自然である。)、山﨑調査官が敦子の供述と全く異なる内容を記載するとは考え難いこと(敦子の証言が事実であるとすれば、別紙1の確認書の記載内容は、山﨑調査官の単なる誤解に基づくものとはとうてい解されないほどの齟齬がある。)、山﨑調査官の証言は、そのとき作成した見取図(乙一九別紙2)が甲一九及び敦子が山﨑調査官に説明したと証言しているところとほぼ一致し、その信用性は高いと解されることなどからすれば、別紙1の確認書の記載内容の信用性は高いと認められる。

よって、原告の前記主張は認められない。

4  以上のとおりであるから、原告らと武男夫婦は、消費段階において同一の財布のもとで生活していると推認され、武男夫婦は所得税法五六条所定の原告と生計を一にする親族に該当するというべきである。なるほど、原告らと武男夫婦の住民票が別になっており、原告と武男及びハルミがそれぞれ別々の収入を得て源泉所得税等を支払っているとしても、前認定を否定する事情とまでは認められない。

したがって、前記争いのない事実三記載の給料賃金及び地代家賃は原告の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできないし、また、ハルミが徳島市に納付した租税公課は必要経費に算入すべきであり、原告の本件係争年分の総所得金額及び所得税額は、いずれも本件各更正に係る総所得金額及び所得税額(ただし、昭和六三年分及び平成元年分については、裁決による一部取消後の金額)と同額であり、また、原告の本件係争年分の過少申告加算税額も、本件各賦課決定に係る過少申告加算税額(ただし、昭和六三年分及び平成元年分については、裁決による一部取消後の金額)と同額である。

5  なお、原告は、原告が武男及びハルミに支払った給与並びにハルミに支払った地代を必要経費として認めないことは、実質所得者課税の原則に反する旨主張する。しかしながら、所得税法一二条が定める実質所得者課税の原則は、所得の帰属について名義と実質が一致しない場合に、名義よりも実質を重視して課税すべきであるという原則であるところ、被告は、前記争いのない事実三記載の給料賃金、地代家賃及び租税公課が武男あるいはハルミに帰属することを否定しているものではなく、これが武男あるいはハルミに帰属することを当然の前提としたうえで、同法五六条を適用し、原告の事業所得の金額の計算上右給料賃金等を必要経費に算入したり算入しなかったりしているにすぎないのであるから、何ら実質所得者課税の原則に反するものではない。

よって、原告の主張は採用しない。

二  本件各更正の理由附記の適法性について

1  本件各更正は、争いのない事実三記載の本件係争年分の原告の武男及びハルミに対する給与支払い並びにハルミに対する地代の支払いについて、その支払状況・金額を帳簿書類の記載どおりに認定してうえで、所得税法五六条に照らし、原告の営む事業所得の金額の計算上、右給与及び地代を必要経費に算入すべきか否かという法的評価・判断の点で原告と見解を異にした結果なされたものであり、帳簿書類の記載自体を否認するものではない。したがって、更正の根拠を更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の附記として欠けるところはないと解されるところ(最判昭六〇・四・二三・民集三九巻三号八五〇頁参照)、本件各更正の更正通知書(甲一の一ないし三)には、更正の理由として、原告が武男及びハルミに支払った給与につき、「あなたと小南武雄(「武男」の誤記と認められる。及び小南ハルミが同一の家屋に居住し、玄関、台所、風呂、便所を共用している状況等から判断して生計を一にする親族と認められますので、所得税法第五六条〈事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例〉)の規定により必要経費から減算します。」と記載されており、原告がハルミに支払った地代及びハルミが徳島市に納付した固定資産税・都市計画税についても、右と同旨の記載とともに、それぞれ必要経費から減算あるいは加算する旨記載されており、その記載は、武男夫婦が同条所定の原告と生計を一にする親族に該当し、原告が同人らに支払った給料賃金及び地代家賃は原告の事業所得の計算上これを必要経費に算入することはできないし、また、ハルミが徳島市に納付した原告の病院経営に必要な東洋病院の敷地等に係る固定資産税及び都市計画税はこれを必要経費に算入すべきであるとする趣旨であることが明らかであり、更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足していると認められるから、本件各更正に、同法一五五条二頁所定の理由附記の不備の違法があるとはいえない。

2  以上のとおり、本件各更正の理由附記に不備はないから、理由附記の不備を前提とした瑕疵の追完が認められない旨の原告の主張は検討に及ばないし、処分理由の差替えであるとの原告の主張についても、被告の主張するところは、終始、武男夫婦が所得税法五六条所定の原告と生計を一にする親族に該当し、原告が同人らに支払った給料賃金及び地代家賃は原告の事業所得の計算上これを必要経費に算入することはできないし、また、ハルミが徳島市に納付した固定資産税及び都市計画税はこれを必要経費に算入すべきであるというものであり、何ら処分理由の差替えとは認められないから、右主張は採用しない。

三  本件各更正及び本件各賦課決定の信義則違反について

原告は、被告は昭和五八年分ないし同六〇年分の原告の所得税確定申告に対する調査において、原告と武男夫婦が生計を一にする親族に該当しないことを認めていたのに、本件各更正及び本件各賦課決定においてこれを否定するのは信義則に反する旨主張し、甲二七の一ないし二九の一を提出しているが、右証拠のみから、被告が原告と武男夫婦が生計を一にする親族に該当しないと認める旨の信頼の対象となる公的見解を表示したということはできず(税務官庁の不作為ないし単に課税されていないという事実状態が継続したからといって、これをもって信義則が適用されるとすることは相当ではない。)、原告の主張は前提を欠くから採用しない。

四  結論

以上のとおり、本件各更正及び本件各賦課決定はいずれも適法であり、原告の主張は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本久 裁判官 大西嘉彦 裁判官 大島淳司)

別表1 課税経過表

〈省略〉

別表2

事業所得の内訳明細表

〈省略〉

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